長い一日が終わりました

今朝はいつも通りに
エンジェルくんを園まで送り
家に車を置いて新神戸に向かいました。
東京の病院に母のお見舞いに行きました。
日帰りして今家に居ます。

緊急事態宣言以来一度も乗っていなかった
地下鉄に乗りました。
地下鉄は普通通りの密です。
こんなに密でいいのか
ちょっとびっくりしました。

新幹線はガラガラです。
この時計は新神戸だけかな
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新神戸です。
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10時半の新幹線に乗り
13時15分に東京に着き
タクシーで病院に向かいました。

病院のロビーでは兄が待っていてくれました。
ロビーで熱を測られました。
な・なんと37.5℃
うっそだぁ~
兄もびっくりです。
東京まで来てこのまま帰るのか
体調はいたって元気なのに
かなり興奮しているにしても高い

ちょっとお水を飲んで、
5分経ったら興奮が少し収まり
もう一回測ってくれました。
36.7℃でした。
「驚かしちゃってごめんなさいね」
と言われましたが、
いやいやこちらこそです…
ほんと、メッチャ焦りました。

手洗い、消毒をして
母の病室に行きました。
3日前に甥っ子が行ったときは
「遠いところからごめんなさいね」
と声は小さかったそうですが
きちんとわかるように言えたそうですが
今日は多少反応するものの
しゃべることはできませんでした。

私がエンジェルくんの話を兄と義姉にすると
母は動かない腕を少し動かして
反応してくれました。
母が一番気にかけてくれています。

到着したときは、呼吸数がゼロのことが続き
「ピコン、ピコン」と警告音が鳴り続けていました。
手を握って、腕をさすったりしながら
兄夫婦と三人で賑やかに話をしていると
少しずつ呼吸が落ち着いてきました。

看護師さんが来て体を動かしてくださいます。
浮腫んだ足をタオルで少し上げてくれた時に
足を見るとパンパンで、
これは痛そう…と思いさすってあげると
呼吸数が9~14に上がり
とても安定しました。
ずっとさすり続けました。

2時間経ちました。
昨日の夜も、今朝も兄は病院から電話で
「そろそろ危ない」と言われていて
それを聞いていたので
万一のことを考えたくなかったですが
一応用意はしていきました。

母に聞こえないように部屋の外に出て
兄に相談しました。
私は日帰りで帰る予定にしていましたが
一泊して明日の朝帰ることもできる…
と話しました。
兄は「生きているうちに会わせたかった。
間に合って本当に良かった。
式に関して拘りがあるのなら構わないけど
こちらで簡単に済ませる」と言ってくれました。

あと1週間生きてくれるかもしれないし
すぐかもしれないし…わかりません。
コロナもあるので長居もしたくないです。
兄に甘え、帰宅することにしました。

母に「大丈夫痛い苦しいね」
と声を掛けましたが
まだ生きたいと思っている母に
なかなか感謝の言葉が言えませんでした。
でもいざ帰る時間になり
ひと言だけありがとうを言えました。
でもついいつもの癖で「んじゃまたね」
って言ってしまいました。

5時過ぎの新幹線に乗り
5時半に兄と義姉の三人のLINEに
お礼の言葉を書きましたが
なかなか返事が来ません。
珍しく遅いな…と思っていたら
5時半に食事に行っていたところ
また病院から呼び出され
母は旅立ちました。

私が行くまで気力で頑張ってくれたんだと思います。
もっと生きたかったんじゃないかと思いました。

結婚してから週2~3回とか
しょっちゅう電話でしゃべっていました。
私は愚痴ばかり・・・
ここ7~8年は兄が同居してくれて
なかなか電話もできず
私はちょっと寂しかったですが
兄夫婦には本当に母に常に寄り添ってくれて
面倒を見てくれたことに
感謝しかありません。
帰りの新幹線でそのことを伝えました。

帰りの新幹線で夕方の富士山です。
IMG_9332[1].jpg

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