30年間

平成の30年間は
長いようで、短かったです。

平成元年の本日、神戸に来ましたので
今日でちょうど30年が経ちました。
今日はNHKで
『総決算 平成 紅白歌合戦』
というテレビをやっていて、
幸い、30年を歌と共に
懐かしく振り返ることができました。

結婚後、10年間は紅白を
ほとんど全く観ていません。
広島で過ごしていたので…
私自身も暗~い思い出しかなく
混沌としていた10年でした。

エンジェルくんが小学部に入って
私が肺に水が溜まることがあり、
それをきっかけに広島に帰るのをやめ、
エンジェルくんと二人で、自由に
年末を過ごすことになりました。
そこからの20年はあっという間です。

今日は昼間のテレビで
これまたNHKですが、
サンドウィッチマンの『病院ラジオ』
をやっていました。
今回の病院は「こども病院編」でした。

たくさんの小さなお友達とご両親、
小学生でも自分の病気を理解して
死をも覚悟できていたり、
10代、20代でも、
自分の病気と立派に向き合い、
みんな強く生きています。

そんなテレビを観ていると、
ついつい自分と照らし合わせて
考えてしまいがちです。
ご両親で子供に寄り添いながら
病院で過ごされている姿を見て
私にはなかったな~と
今日のテレビで改めて感じました。

エンジェルくんがひどい発作を
起こし始めた時、休日にも注射に通い、
まだ私もペーパードライバーだったので
その時は車で兵庫のこども病院まで
車を出してくれましたが、残念ながら
ともに子供を見守る…という感じは
全くありませんでした。

エンジェルくんが8歳の時
初めて「アンジェルマン症候群」
という病名を聞きました。
メモを取り、録音もして帰りました。

夜、会社から帰宅したエンジェルくん父に
その日、病院でドクターに聞いてきた
内容を話そうとしましたが、
話し始めてまもなく
「それで、病気は治るのか」と聞かれ、
病名くらいは言えたと思いますが
「治らないなら聞いても無駄だ」
と言われてしまい、それっきり
聞いてくれることはありませんでした。

その時の私は戸惑うばかりで
これでいいのかとか
漠然と思っていましたが
私も年を取り、
冷静に考えられるようになり
今日のテレビを観て、改めて
障害の子供がいたら、
その子を中心に、向き合って、
寄り添うべきだろう…と思いました。

しかし、それはあくまで理想論で、
私自身は十分に
子供たちと向き合えたことで
かけがえのない日々を
過ごせて来れました。

今日、実は次男が
お相手の方のご両親に
ご挨拶に行きました。
緊張の面持ちで出かけて行きました。
何を聞かれたかとか
いろいろ気になることろですが
お互い口数も少なく、
でも、エンジェルくんのことは
おそらく聞かれているだろうと思いますし
気になることろですが、
また追々、次男が話せそうなタイミングで
聞いていきたいなと思います。

次男は東京で行列のラーメン屋さんに
行って来たそうです。
でも、思ったよりこってり過ぎて
そんなに好みじゃなかったとか…

30年を振り返ってみると
山あり谷ありで、
決して楽ではなかったですが
いろいろなことを乗り越えて
たくさん成長させてもらった
充実の30年だったと思います。
試練と成長の30年でした。

令和もマイペースに、前進前進

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