しあわせとは?

以前読んだ乙武洋匡さんの著書の中に
「障害は不便だが不幸ではない」という一節がありました。
私もその通りと思いました。
私の場合は自分ではなく、我が子が障害で生まれてきました。
身体と共に知的にも障害があるので、
育てていく中でいろいろ振り回されることも多々ありますが、
「何でこんなことをするんだろう?」と悩んでいる間は
私もまだまだ発展途上で、
それらの行動を共に微笑むことができるようになった今、
やっと乗り越えられてきたのかなぁと感じています。

一般的に、障害児を抱えていると
それだけで「かわいそうな人」と捉えられがちだと思います。
実際私も、昔24時間テレビなどを観ていた時
そのようにしか捉えることが出来ない未熟者だったと思います。
でも障害児を授かり、育ててきた私の
今の気持ちは決してそうではありません。
たくさん学び、乗り越えた今、充実感さえ感じています。
もし平々凡々な人生だったら
気付くことが出来なかった素晴らしい経験をたくさんさせてもらいました。
自分の境遇を不幸どころか、幸せすら感じています。
毎日の生活はもちろん大変だけど、決して不幸ではない・・・
この気持ちを代弁してくれるある文章に出逢いました。

「かわいそうな人」はこの世にはいませんが、
もし「かわいそうな人」という存在があるとしたら、
ただひとつ、自分に起きるすべての出来事を
受け入れられない人かもしれません。
・・・スピリチュアルな視点から見た
江原啓之さんの言葉です。

人生にはいろいろな試練がふりかかってきます。
障害児を授かるという事実は、
親になった者にとっては大きな試練と言えると思います。
授かった時点でスタートラインに立たされ、
どう乗り越えていくのかと試されているのかもしれません。
我が子の障害を真正面から受け入れるのか、
いつまでも受け入れられずその時点で右往左往するのか・・・
障害にすら感謝の気持ちを持てるようになって
やっと「かわいそうな人」ではなくなるのかも知れません。

私の人生は幼少の頃からあらゆる試練が降りかかってきました。
知らず知らずのうちにいろいろなことを乗り越えてきました。
もともと物事の割り切りや、切り替えが早い方かも・・・と思っていました。
そんな風に思っていると途端に
なかなか簡単には割り切ることの出来ない
大きな難題にぶつかることになったり・・・
まさに一難去ってまた一難・・・
まるで一つ乗り越えると、これならどうだ!と
次なる試練を与えられているような気がしています。
乗り越えられない試練はない・・・
そう信じて、自分の我欲ではなく
大我を持って乗り越えて行けるよう
ひとつひとつ幸せをつかんで行きたいと思っています。


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